この記事に書かれている内容
はじめに
人間関係のトラブルや理不尽な言葉、過去の苦しい出来事・・・。私たちの心はさまざまな体験で深く傷つくことがあります。
心の傷は本当に治るの?
元の自分に戻れるの?
どのくらいで癒えるの?
これは多くの方が抱える疑問です。
私は「こころの傷相談室」代表カウンセラーをしています。同時に、虐待・いじめ・性被害・四肢障害・口唇口蓋裂・乳がんサバイバーとしての経験があります。だからこそ、机上の理論だけでなく、経験×心理学的知見をもとにお伝えできるのです。
心の傷が癒えるまでにかかる時間
心の傷の回復には大きな個人差があります。
- 軽いショックや誤解 → 数日〜数週間で落ち着くこともある
- 深い裏切りや喪失体験 → 数か月〜数年かかる場合もある
- 虐待やいじめなどの反復的体験 → 複雑性PTSD(Complex PTSD) につながり、長期化することが多い(NHS公式)
私が虐待や性被害のトラブルの渦中にいた2000年頃は、今のようにネットも普及しておらず、心の傷やトラウマに対応できる病院を見つけることはできませんでした。専門的な診断や治療を受ける機会もなく、ただ孤独の中で耐えるしかなかったのです。
現在では、心的外傷後ストレス障害(PTSD)や複雑性PTSD(C-PTSD)に対応する医療機関があり、認知行動療法やEMDRなどの心理的アプローチを受けられる環境があります。もしあの頃にこうした支援があれば、私自身の心の傷も少しずつ和らいだかもしれません。
ただし、被害の体験を人に打ち明けることはとても難しいものです。
- 「どう思われるだろうか」
- 「変な目で見られるんじゃないか」
- 「好奇の目で見られるのでは」
- 「あなたが悪い」と責められるのでは
こうした不安が自然にわいてくるのは当然のことです。実際、私も長い間話すことができませんでした。
心理学的な理解:「悲嘆のプロセス」
心の回復は直線的ではなく、波のように進むと心理学では言われています。「悲嘆のプロセス」と呼ばれ、ある日は元気でも、翌日は涙が止まらないことがあります。これは回復の自然な過程であり、自分を責める必要はありません。
私自身も、心の傷の波を感じながら少しずつ前に進んできました。焦らず、自分のペースで回復していくことが大切です。
傷ついた心を抱える人の特徴
心の傷を抱える人には、心理学的に次のような反応がみられることがあります。これらは決して「弱さ」や「怠け」ではなく、心が自分を守ろうとする自然な反応であり、自己防衛のサインと考えられます。
過覚醒(Hyperarousal)
小さな刺激や音、言葉にも敏感に反応してしまう状態です。例えば、急な声や予期しない出来事に強く動揺したり、常に緊張感を持って過ごしてしまったりすることがあります。心理学では、過去の危険体験によって脳が「警戒モード」に切り替わってしまっている状態とされています。これは心が生き延びるために自然に働く反応です。
再体験(Intrusive Memories)
フラッシュバックや悪夢として、過去のつらい出来事が繰り返し心に蘇ることがあります。あたかもその出来事が「今ここ」で起きているかのように感じられ、強い恐怖や不安に襲われることもあります。これも心が過去の危険を忘れず、次に同じ危険に遭わないよう警戒している防衛反応です。
回避(Avoidance)
つらい記憶や感情に直面することを避けようとする行動です。具体的には、過去の出来事を思い出させる場所や人を避けたり、心の中で思い出すこと自体を遮断しようとしたりします。回避行動は一時的には心を守る効果がありますが、長期的には感情を整理するプロセスを妨げることもあります。
自己否定(Self-Blame)
「自分が悪かった」「自分のせいだ」と自分を責める傾向が強くなります。虐待やいじめ、理不尽な出来事を経験した人は、無意識のうちに「自分が悪い」と思い込むことがあります。心理学ではこれは自己防衛の一種で、「心が状況を理解しやすいように整理している」反応と考えられています。ただし、この思考が強すぎると、自尊心の低下や精神的疲労につながることもあります。
自尊心が傷つくとどうなる?
自尊心は「心の免疫力」とも呼ばれます。自分を大切に思う力が弱まると、心のバランスを保つ力が低下し、さまざまな影響が現れます。
自分に価値がないと感じる
自尊心が傷つくと、「自分はダメだ」「生きている価値がない」と感じやすくなります。例えば、職場での評価や人間関係のトラブルで、些細な出来事にも過度に落ち込んでしまうことがあります。この感覚は、心が自己防衛として「自分を低く見積もる」ことで、再び傷つくリスクを避けようとしている自然な反応でもあります。
人間関係を避けるようになる
自分に価値がないと感じると、他者との関わりを避ける傾向が強くなります。「どうせ自分は理解されない」「また傷つくかもしれない」と思い、孤立してしまうことがあります。心理学では、これを回避行動と呼び、短期的には安心感を得られる一方、長期的には孤独や心の回復の妨げになることがあります。
新しい挑戦に不安を感じる
自尊心が低下すると、新しいことに挑戦する意欲も減少します。「失敗したらまた自分の価値が下がる」と考え、行動を控えてしまうのです。これが続くと、自己効力感(自分は行動できるという感覚)も低下し、さらに心の回復が遅れる悪循環に陥ることがあります。
身体症状が出やすくなる
心の状態は身体にも影響します。不眠、頭痛、食欲不振、肩こり、消化不良など、さまざまな症状として現れることがあります。心理学では、これを「心身相関」と呼び、心のストレスが身体症状として表れる自然な反応と考えられています。
幼少期の体験とコアビリーフ
特に虐待やいじめを受けた方は、幼少期から「自分には価値がない」という深い信念(コアビリーフ)を持ちやすく、これが自尊心の回復における大きなテーマとなります。この信念は無意識に形成され、生涯にわたり行動や感情に影響を与えることがあります。しかし、心理学的アプローチやセルフケアを通じて、徐々に書き換えていくことが可能です。
自尊心を回復する方法
自尊心は一度大きく傷つくと、元の状態に戻るのは簡単ではありません。ですが、心理学的な研究や臨床経験からも「少しずつ回復させることは可能」だとわかっています。ここでは、日常生活の中で取り入れやすい回復の方法をご紹介します。
1. 小さな努力を認める
「今日はベッドから起きられた」「散歩に出かけられた」「仕事のメールを一通だけ返せた」──このような些細な行動を意識的に評価してみましょう。
心理学では、こうした小さな成功体験を積み重ねることで 自己効力感(自分は行動できるという感覚)が高まり、自己肯定感の土台となると考えられています。大切なのは「大きな成果」ではなく「小さな一歩」を見逃さないことです。
2. セルフ・コンパッション(自分に優しくする)
「もっと頑張らなきゃ」と自分を追い込むよりも、「私は十分に頑張っている」「苦しいのは自然なこと」と自分に優しい言葉をかけることが回復には役立ちます。
心理学者クリスティン・ネフによる研究(Neff, 2003)では、セルフ・コンパッション(自己への思いやり)がストレス軽減や幸福感の向上に有効であると示されています。自分を責めるのではなく、友人に接するように自分にも優しく接してみましょう。
3. 認知の歪みに気づく(心理学的アプローチ)
心が傷ついていると、「私はダメだ」「誰からも必要とされていない」といった極端な思考にとらわれやすくなります。これを心理学では 認知の歪み と呼びます。
例えば「ダメだ」と思ったときに、「本当にそうだろうか?」「ただ疲れているだけかもしれない」と修正してみる練習が有効です。認知行動療法(CBT)はこの考え方を整理するための代表的な方法であり、研究でも有効性が示されています(NIMH, 2023)。
4. 安全な人間関係を持つ
安心して話せる人の存在は、自尊心を回復するための大切な支えになります。孤独は不安や自己否定を強める一方で、信頼できるつながりは「自分は受け入れられている」という感覚を育てます。家族や友人に限らず、カウンセラーや支援団体など、安心して気持ちを話せる場を持つことが回復の大きな助けになります。
5. 身体を大切にする
心と身体はつながっています。睡眠不足や栄養の偏りは、不安感や自己否定を強めてしまうこともあります。十分な休養・栄養・軽い運動を意識することは、「私は大切にされていい存在だ」と心に伝える行為でもあります。ヨガや呼吸法など、体を通じたケアは心の安定にも役立つとされています。
トラウマはいつ消えるのか?
心理学的な理解
トラウマは「完全に消える」というよりも、時間や支援を通して「苦しみの意味づけが変わる」ことで、日常生活への影響が少しずつ減っていくものだと理解されています(NHS, 2023)。
多くの研究や臨床の現場で、以下のような変化が報告されています。
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フラッシュバックや悪夢が徐々に弱まることがある
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苦しい記憶が「今の出来事」ではなく「過去の一部」として整理される
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「あの経験を生き延びた自分」を認められるようになる
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自分の弱さではなく、回復力やレジリエンスに気づける
心理学ではこれを「記憶の再統合」や「意味づけの変容」と呼びます。つまり、トラウマは消えるのではなく「心の中で別の形に整理される」のです。
体験者としての実感
私自身も、虐待や性暴力被害という経験を「なかったこと」にすることはできません。今でもその記憶は存在しています。けれど、時間をかけてカウンセリングやセルフケアを続けるうちに、「あの経験があるからこそ今の自分がいる」と再定義できるようになりました。
もちろん、痛みや悲しみが完全に消えるわけではありません。しかし、過去の出来事に押しつぶされるのではなく、「私はその状況を生き抜いた」という事実を受け止められるようになったことで、苦しみは少しずつ和らいできました。
消えるのではなく、形を変えていく
トラウマ体験は多くの場合「傷跡」として心に残ります。ですが、それがずっと同じ強さで自分を苦しめ続けるわけではありません。信頼できる人とのつながりや、心理的支援、そして時間の経過によって、記憶は心の中で新しい意味を持ち直していきます。
「消えることはなくても、付き合い方を変えていける」──これが心理学と、そして私自身の実感から言える大切な視点です。
トラウマとの付き合い方
トラウマは「消そう」とするものではなく、「付き合い方を工夫する」ことで日常生活に与える影響を減らしていくことができます。心理学的にも、回避や抑圧ではなく「安全な方法で記憶を整理する」ことが回復の鍵になるとされています。ここでは代表的な方法をご紹介します。
1. フラッシュバックへの対処
突然、過去の記憶が映像や感覚として蘇る「フラッシュバック」は、トラウマ体験をもつ人に多く見られます。そのとき大切なのは、「今ここに自分がいる」という感覚を取り戻すことです。
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深呼吸をして、息の出入りに意識を向ける(グラウンディング)
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足の裏で床を踏みしめたり、手を軽く叩いて現実の感覚を確かめる
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部屋にある物を声に出して数える(例:赤い椅子、白いカーテン…)
こうした方法は、脳に「過去ではなく今にいる」という合図を送る役割を果たします。
2. 無理に忘れようとしない
「忘れたい」と思うほど、記憶は逆に強まることがあります。心理学では、抑圧や回避がフラッシュバックを悪化させることが知られています。大切なのは「過去はあるが、今とは別のもの」と切り分けることです。
「その出来事は私の一部ではあるが、私のすべてではない」と考えることが、心の自由度を広げてくれます。
3. 安全な環境を整える
安心できる場所や人とのつながりは、回復のための土台となります。逆に、不安やストレスの強い環境では、心が常に警戒モードになり、トラウマ反応が強まりやすくなります。
信頼できる人と過ごす、落ち着ける空間を持つ、SNSやニュースなど刺激の強い情報から距離を取ることも大切です。
4. 専門家と相談する
心理的アプローチの中には、効果が研究で示されている方法があります。たとえば、認知行動療法(CBT)や眼球運動による脱感作と再処理法(EMDR)は、トラウマ治療に有効とされています(Lancet Psychiatry, 2018)。ただし、どの方法が最適かは人によって異なります。必要に応じて、カウンセラーや医療機関に相談することが推奨されます。
5. 「弱さの物語」から「生き延びた物語」へ
トラウマ体験は「私は弱い」「傷つきやすい」というニセのストーリーを生みます。しかし心理学的には、「あの状況を生き抜いた」という事実に注目することが回復につながるとされています。
「傷ついた私」ではなく「生き延びた私」という視点に立つことで、過去の出来事がただの苦しみではなく「自分の強さを証明する物語」として再定義されていきます。
言葉に傷ついたときの対処法
誰かの言葉は、ときに鋭い刃のように心に突き刺さることがあります。特に自尊心が弱っているときは、何気ない一言でも大きなダメージになることがあります。心理学的な観点から、言葉に傷ついたときの対処法を紹介します。
1. 「相手の価値観」と「自分の本質」を切り分ける
誰かの否定的な言葉は、その人の価値観や考え方を反映しているにすぎません。それがあなたの本質を決めるものではありません。
「その言葉は相手のもの。私は私のままでいい」と切り分ける練習をしてみましょう。これにより、言葉の影響を少しずつ弱めることができます。
2. セルフ・トークで自分を支える
否定的な言葉に心が揺れたときこそ、自分自身に優しい言葉をかけることが大切です。心理学では「セルフ・トーク」と呼ばれ、自己肯定感を回復させる方法の一つです。
「私は大切な存在だ」「私は十分に頑張っている」と、自分に語りかけてみましょう。繰り返すことで、心の中に新しい信念が育っていきます。
3. 信頼できる人に話す
言葉による傷は、心の中に閉じ込めてしまうと余計に大きくなります。信頼できる人に話すことで、「自分だけが抱えている苦しみではない」と感じられます。心理学的にも、社会的サポートはストレス緩和に大きな効果があることが分かっています。
4. 書き出して外に出す(表現的ライティング)
研究レビューでも、感情を文章にする「表現的ライティング」が感情整理やストレス軽減に有効であると報告されています。ノートやスマートフォンに「言われてつらかったこと」「そのときの気持ち」を書き出すだけでも、心の中での混乱が整理されていきます。
「書く」という行為そのものが、心の中の痛みを外に出す安全な方法となります。
癒しのための小さなヒント
花言葉と癒し
花は、言葉にならない感情をそっと伝えてくれる存在です。心理学でも「自然とのふれあい」はストレス軽減や気分の安定に効果があるとされ、部屋に花を飾ることは小さなセルフケアの一つになります。
花言葉には、それぞれの花が持つ象徴的な意味があります。心の傷を癒す手助けとなる花をいくつかご紹介します。
🌼 カスミソウ:「清らかな心」「感謝」
白く小さな花が寄り添うように咲く姿は、孤独を和らげてくれる存在です。「小さな優しさを思い出す花」として、自己否定が強まったときにそっと寄り添ってくれます。
🌹 青いバラ:「奇跡」「夢叶う」
かつて存在しないとされていた青いバラは、「不可能を可能にする」象徴です。トラウマや困難に直面している人にとって、青いバラは「希望は消えない」というメッセージを届けてくれます。
🌻 ヒマワリ:「あなたを見つめる」「憧れ」
太陽に向かってまっすぐ伸びるヒマワリは、前を向く力を思い出させてくれます。落ち込んで下を向きがちなときに、視線を空に上げるように促してくれる存在です。

🌷 チューリップ:「思いやり」「博愛」
春を告げるチューリップは、新しい始まりを象徴します。トラウマや心の傷に区切りをつけ、「また歩き出そう」と思うときにおすすめです。
🌸 桜:「精神の美」「優美」
日本人にとって特別な花である桜は、はかなくも美しい人生を象徴します。散ってもまた咲く姿は、「回復と再生」のメタファーとも言えます。

花を暮らしに取り入れる工夫
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小さな花を一輪挿しにして、デスクやベッドサイドに置く
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季節の花を飾り、自然のリズムを生活に取り込む
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ドライフラワーや押し花を取り入れて、長く楽しむ

花は「解決策」にはなりませんが、心を支える小さなリソースとなります。心の傷の回復は長い旅路ですが、花の存在はその道のりにそっと彩りを添えてくれるのです。
日常で使える癒しグッズ
ちょっとした道具が日常の安心感を作ってくれます。以下は比較的取り入れやすいアイテムです。
- 感情ノート / ジャーナル:感情を書き出すことで整理できます(表現的ライティング効果あり)。
- アロマディフューザー & エッセンシャルオイル:リラックス効果のある香りを取り入れる。
- 安眠グッズ(アイピロー・加湿器・ブランケット):睡眠の質を整えることで心の安定を支える
心の傷の回復のポイント(まとめ)
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心の傷の回復には時間がかかるが、回復の波は必ずある
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自尊心の回復 が癒しの中心になる
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トラウマは「消す」のではなく、意味づけを変えることで和らぐ
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安全な環境・セルフケア・心理学的アプローチ が有効
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元に戻らなくても、「新しい自分」を育てることができる
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一人で抱え込まず、安心できる人や専門家に相談することが回復を早める
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花・音楽・言葉など、日常の小さな癒しを取り入れることで心の支えになる
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回復は直線的ではなく波のように進むため、落ち込む日があっても自然なプロセスと理解することが大切
参考リソース
NHS: PTSD & Complex PTSD
NIMH: PTSD に関する最新情報
Neff, K. Self-Compassion
EMDR vs CBT メタ分析(EMDR 優位:症状・不安の軽減)
Cochrane 系レビュー:EMDR と trauma-focused CBT は PTSD の第一選択療法
2024 メタ分析:EMDR と他心理療法の効果は同等
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