あまのじゃく

私は実母から「あんたなんか生まなきゃよかった」「ちゃんと生まれもしない出来損ない」「あんたは何にも出来ない子なんだから」と言われ続けて大人になった。

自分が生まれたせいで、親を傷つけてしまったと思い込まされて生きてた。

私が生まれなければ、親は悲しまずに笑って生きられたそうだ…。

私には、旦那さんと子どもたちにしか伝えていない、先天性の疾患がもうひとつある。

それはきっとこれからも口にはしないだろう。

公表する必要がないからだ。

両親は腰痛もちで、強い痛み止めを日常的に服用していたそう。

私を妊娠したとき、母は医者に「薬を飲んだからおろしてほしい」そう言ったそうです。

医者は「そんなので奇形は生まれない」

と返したそう。

母はいつも、「医者を信じて生んでみたらあんたみたいなのが生まれてきたのよ」とよく私に言ってきた。

私が親になってみて、わかる母の残虐さ。人を人だと思わない親もいるってこと。

最近インターネットで両親が服用していた薬を検索してみた。

催奇形性あり

と書かれていた。

 

私のもう一つの大きな先天性疾患の説明にはこう書かれていた。

「多くは流産に至るため、出生は稀な疾患です。」

と。

私のせいにしてきた母の言葉は、母が自身に言いたい言葉だったのだろう。

あんたは何にも出来ない子

これは母自身へ向けた言葉を、逆らえない私に向け、優越感に浸ったのだろう。

自分と向き合うことをしないまま。

生まれる前から薬を大量に服用し、私の命の責任もとらぬまま。

他人に向ける敵意は、全て自身に向けたものなんだ。

フラグ回収は人生かけてしていくもの・・・。

 

今、生きている私の命。

多くは流産する命だったと知り、レア物にいちゃもんつけ続けた人たちの顔が走馬灯のように浮かんだ。

両親、教師、同級生、社長、近隣、インチキセラピスト…

こんなに一生懸命生きてきた私は、いろんなこと、言われる必要なんてなかった。

だって生きていることがもう奇跡だから。

そう思ったら泣けてきた。

この世に生まれたくて、でも無理そうで、

なんとか生まれ出た命だということは、私の無意識は覚えてるんだ。

だから、止めようにも涙は止まらない。

静かに泣いても夫に見つかってしまい、抱きしめられた。

「今も生きてるんだからいいじゃないか」

と言ってた。

折れた肋骨のまま抱きしめられ、痛くないのか心配になったけど、夫は私が泣きやむまでずっと離さなかった。

あまのじゃくだと自負する夫にとって、レアな私をみつけて結婚したことは、最高のしあわせだそう。

文字にすると、言葉のチョイスを間違えているようにも見えてしまう。

けど、生まなきゃよかったという母とは真逆に、

私が生きているだけで、しあわせだー!って笑っている彼もいる。

私が性犯罪に巻き込まれて苦しんでも助け出してくれた彼…

私をずっと愛し続けてくれた彼…。

彼は「やっと見つけたんだ」っていろんなシーンで私に伝えてきてくれる。

女として、妻として、この言葉は一番最強。(察し💕)

私は生まれてきた意味はあったと今は思える。

あまのじゃくに出会い、結婚してもらえたこと、子どもを生ませてもらえたこと

私は昨日、彼に泣きながら言葉にして、ありがとうと伝えたよ。

たいせつ

私の体調(乳がん治療の副作用)を心配した夫が数カ月前に降格願を会社に提出した。

それにより、夫の奥さんが私だと知っている同僚や先輩に私の癌は知れ渡った。

私が新人だったあの頃、毎日一緒に働いていた先輩たちが、乳がんになった私を心配して、夫に連絡をくれたそう。

社会人だった頃から20年以上がたち、その先輩たちは今、全員どこかしらのトップになっていると知った。すごっ!

夫から聞く懐かしい名前の数々…。

私は会社を育児のために辞めたけど、みんな続けて頑張っていたんだね。

あんな大変な仕事&人間関係を続けていられたなんて素晴らしいと思う。夫もそうだけど。

 

何か困ったことがあったらいつでも言ってと夫はみんなから言われたそう。

わざわざ電話やLINEをくれた人もいた。

真面目に生きていると、こうやって声をかけてもらえる。

困ったとき、助けてと言える人がたくさんいる。

癌のことは、なるべく迷惑かけずに乗り越えたいと思っているけども。

本当に人生何が起きるかわからないから、健康も人脈も大切だね。

みんなから心配され、今回思ったのは、

人ってあったかい人たくさんいるし、遠く離れていてもずっと大切に思うことって、大事なんだってこと。

もし、私や夫の態度が失礼だったとしたら、この人脈はとっくに消え去っていたと思うから。

たいせつ、たいせつ。

 

 

 

 

きせき

現在、高2の息子と中2の娘がいて、

この正月休みに家族4人揃って並んでみると😌

息子はパパの背を超え、

娘は私の背を越していました😍

 

夫婦ふたりで乗り越えた子育て、

よく頑張って暮らしてきたなって

しみじみ思いました。

黒平

 

明日が当たり前に来るのは、奇跡です。

 

乳がんでも楽しく生きる

両手と両足の指も生まれた時から
なくて、いじめも虐待も受けました。
性暴力被害で死にそうにもなった。

誰も助けてはくれなかった。

ひとりで抱えて生きてきたら、乳がん患者の刻印を押されてしまった。
全摘手術、治療は10年続く。
とても大変だ。

それでも——
時間は止まってはくれなかった。

泣いても笑っても、
同じように今日が過ぎていく。

だから残りの人生は、
「少しでも笑っていたい」って思った。

美味しい食事
仲間
家族
愛犬
その一つひとつが、
私の“生きる力”になっていく。

心の傷は、誰にも見えない。
でも、ちゃんとそこにあって、
とても痛い。

それでも、人は回復していける。
何度でも、やり直せる。

泣いても笑っても同じ人生だとしたら、
あなたは、どう生きたいですか?


私は心に傷を抱える人のそばで、
そのこころの痛みを力に変えるカウンセリングをしています。

カウンセリング・ご相談はプロフィールのLINE公式かメールから

 

私のストーリーはまだ終わらない

2023年に乳がんの手術を受けてから、明らかに体力はなくなったし、

原稿を書いていても、すぐ疲れて横にならないと持たなくなったし。

あとどれくらい生きられるのかなと、ふと思ったりする。

思い出すと、両親からの性虐待、性暴力被害、絶縁してからの子育て、息子の転校を伴ういじめ、近隣からの落書き、噂・・・

傷つけた側はお咎めなく、のうのうと生きている現状。

だけど、それ以上に楽しく生きている仲間たち。

ひどいことをした人たちが通りすぎていたからこそ語れることもある。

このまま終わるのは本意ではない。

「人生はネタ探し」と言われているけど、私はまだ自分が経験したストーリーを、世の中に出し切ってない。

ぼちぼち、いこう。

SNSもやっているので応援してね💛

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