付き添い登校はいつまで?疲れた・やめたいと思いながら四肢障害を抱えて8年間続けた母親の最悪の結末

「付き添い登校 疲れた」「付き添い登校 しんどい」と悩んでいる親御さんへ

朝、子どもを学校に送り出すたびに「今日も付き添い登校か…」とため息をついていませんか?

実は、私もまったく同じ気持ちでした。私は先天性の四肢障害を抱えながら、息子のために6年間、毎日付き添い登校を続けてきました。娘もいるので送迎は計8年間にも及びました。途中で私が乳がんになったので強制的に送迎できなくなりましたが。

当時の小学校では「先生から子どもの直接の引き渡しをしない限り、家に帰すことはできない」「子どもが一人で帰宅することを許さない」と、転校前の小学校の校長からの理不尽な強要がありました。

「疲れた」「送迎はもうやめたい」と「もう生きている意味が分からない」そう、何度も思いました。息子よりも「母親の私の方が学校に行きたくない」「教員に会いたくない」「くだらない立ち話はもうしたくない」そんな気持ちでした。それでも、送迎を断ることは許されませんでした。

送迎中に見られる近隣住民からの好奇の目。

あまりに理不尽な現実が、私の心身に大きな負担をかけ続けてしまったのです。

この記事では、私の体験談を通じて、同じ悩みを抱える親御さんへの注意喚起と、具体的な行動のヒントをお伝えします。付き添い登校に限界を感じて悩んでいる親御さんに、届くことを願っています。


息子が小1で集団暴行を受けた日

息子が小学校1年生の時、同級生5人から集団で暴行を受けました。足首の剥離骨折、全身打撲。心には深い傷を負い、病院ではPTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断されました。

きっかけは、たった2つのドミノでした。息子の肘が当たって倒れたドミノを直すことも許されず、それ以降、毎日追い掛け回され、殴られ、蹴られ、最終的には階段のてっぺんから突き落とされたのです。

ここに至る過程で、蹴り返そうとした(蹴っていない)息子を見た教員は、加害者ではなく被害者である息子だけを怒鳴りつけました。それにより、さらにひどく傷つき、息子は身体だけでなく心にも深い傷を負いました。

学校に訴えても、転校前の校長はこう言いました。
「凶器を使って切りつけていないから、ひどいとは言えません。事実確認が取れませんので相手の保護者にも注意はしません。」「相手の子たちは息子さんのことを認識していないようです」「単なるじゃれあいです」「教員も誰に注意したのか覚えていないようです」と。

信じられない言葉でした。話にならない、子どもの安全を守る意思のない人が学校のトップでした。

私が実際に目撃したのは、他の児童も小学一年生でありながら、思いっきり飛び蹴りし合うような荒れた環境でした。

私たちの住む市は過去に中学生による殺害事件が起きた市でもありました。この土地の治安の悪さ、教育環境の荒廃を前にして、「このままでは息子が安心して学校生活を送れない」と強く感じました。

息子本人も、たった6年しか生きていなかったあの頃、「こんな学校なんかより、僕の命が大事だ」と校長の言葉を聞いた直後にそう話していました。

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転校をさせ、多数の危険人物から逃げることで、息子の命は守れると考えたのです。転校できるなら、近所からうわさされても、笑われても、どんなことがあっても息子のために犠牲になることは構わない。そう強い覚悟で転校を決めました。

しかし、この選択が、想像を超える苦しみの始まりになるとは、知る由もありませんでした。


転校先で待ち受けていた理不尽

転校先の学校は、転校前と違って教員の目が行き届き、安心できる環境のはずでした。しかし、転校前の校長の偽りの証言により、私たち親子は転校先の学校で、誰からも信用されない、そんな状況に追い込まれました。(依頼した法律家情報により)

四肢障害を抱える私にとって、毎日の通学は体力的にも精神的にも限界を超える負担でした。それを夫が校長に訴えても、「送迎が条件で転校させてあげたんですから」の一点張りでした。

障がいを持っている私への配慮など何もありませんでした。むしろ手足をじろじろとのぞき込むそんな人が転校先の校長でした。

みんな自分の利益しか考えていない。

一番大切なのは「子どもの命だ」ということを誰もわかろうとはしていませんでした。


6年間続いた付き添い登校の現実

毎日「付き添い登校、もう疲れた」「やめたい」「しんどい」と思いながらも、断ることすら許されずに送迎を続けました。その重圧は家庭生活にも大きな影響を及ぼしました。

下校時刻まで立って待ち続ける時間。私の体力は消耗し、貴重な一日の大半を失っていきました。まるで自分の時間も人生も、付き添い登校に奪われていくような感覚でした。

次第に孤立感が強まり、理由を知らない周囲からは「過保護」と見なされ、近所の道路族や落書き被害に心を擦り減らされる毎日が続きました。それでも「母親として守らなくては」という思いだけで、私は自分の命を削りながら耐え続けました。

「子どもを守ること」と「自分を守ること」

そのバランスを完全に失い、心身ともに限界へと追い込まれていったのです。


限界を超えて迎えた最悪の結末

心身の疲労が頂点に達したとき、私は乳がんに罹患しました。命の危険を目の当たりにし、強制的に送迎ができない状況になりました。

この時強く思ったのは、親がどれだけ子どものためだと思っても、自分の健康や命を犠牲にしたら意味がないということです。子どものためにと親が無理を続ければ、子どもに十分なサポートをすることも難しくなります。

それと、子どもの人生は子どものもので、親が命を削ってまで子どもの人生をすべて背負うものではないということです。


同じように付き添い登校に悩むあなたへのメッセージ

付き添い登校で「疲れた」「やめたい」と思うことは当然の感情です。本来、学校は子どものためであって、親が通う場所ではないからです。

疲れやストレスを感じたら、あなたも付き添い登校を休んでください。人生のうちのたった一日、休んだって大丈夫です。

私はその「一日休む」という選択ができませんでした。だからこそ、今こうしてあなたには無理をしないでほしいと強く伝えたいのです。

「親が笑顔でいられること」それこそが、子どもにとって最大の安心であり、最高のサポートになります。


私の体験が、同じように悩む親御さんにとって「少し休もう」と思えるきっかけになれば幸いです。どうか無理をせず、必要なときには相談してください。

あなたは決して一人ではありません。

 

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私は、性被害・虐待・いじめを経験したカウンセラーとして、あなたの心の回復をそっと支えていきます。安心できる場所で、あなたのペースで、
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傷は光が差し込む場所 ― 心の傷・PTSD・いじめ・障害・性被害を乗り越える方法

傷は光が差し込む場所 ― ルミの言葉

「傷は光が差し込む場所である」という言葉をご存じですか?心の痛みやトラウマは、やがて希望や成長の光に変わるという意味があります。私自身、この言葉に出会い、自分の人生を振り返る中で深く共感しました。

私の人生は決して平坦ではありませんでした。生まれつき両手両足に障害があり、幼少期には両親からの虐待や差別にあいました。母からは「産まなければよかった」と言われ、父からは暴力や性虐待を受ける日々。学校ではいじめや孤立を経験し、以前は人を信じることが困難でした。

さらに、社長夫妻からの性暴力、信頼していた人からの詐欺被害、そして乳がんの診断など、数えきれないほどの試練が続きました。愛する息子も学校でいじめにあい、転校やPTSDを経験。家族を守りたいだけだったのに、近隣住民からの誹謗中傷にさらされる日々でした。

この経験の果てに、私が得たものは「人生における傷や苦しみは、本当の自分として生きるための近道になる」ということです。傷を抱えながらも少しずつ歩むことで、光が差し込む瞬間を体験できます。

心の弱みに付け込まれた経験 ― セラピストや支援者の裏の顔

私が性虐待の心のケアを求めたセラピストは、残念ながら利益目的で私を利用した人物でした。私の経験は宣伝や自身の利益のために使われ、金銭的な損失だけでなく、心の安全までも脅かされました。この人物からの搾取は現在も、サイト上で私の言葉を盗用する形で続いています。しかし、この経験を通じて私は、これを読んでくださっているあなたに伝えたいことがあります。

心のケアを受ける際は、誰を信頼するかを見極め、依存せず自分の直感を大切にすることです。

搾取被害から立ち直るためにできること

    • 情報を確認する:心のケアを受ける前に、専門家や団体の資格・評判・実績をチェックしましょう。
    • 信頼できる第三者に相談する:友人、行政機関などに相談することで冷静に判断できます。
    • 自己防衛意識を持つ:優しく見える人でも依存や弱みに付け込む可能性があります。慎重に行動しましょう。
    • 実績の伝え方を確認する:クライアントの体験を自分の手柄のように発信しているカウンセラーやセラピストには注意が必要です。本当に信頼できる専門家は、相談者のプライバシーや尊厳を大切に扱います。

Q&A形式でよくある悩みを解決

Q1:心の傷が大きすぎて、前に進む力が出ません。どうすればいいですか?

A1:まずは傷を否定せず認めることが第一歩です。大きな変化を焦らず、散歩や日記など小さな行動から始めてみましょう。少しずつの達成感が、自己肯定感や回復力につながります。

Q2:PTSDやいじめの経験を子どもに相談されたら、どう対応すればよいですか?

A2:子どもの気持ちを否定せず「あなたはひとりじゃない」「一緒に考えよう」と伝え、安心感を与えることが大切です。必要に応じて専門機関と連携しましょう。

Q3:信じていた人に裏切られたり、セラピストや支援者に利用されたときは?

A3:裏切りの痛みは深く残ります。無理に忘れようとせず、怒りや悲しみをそのまま感じても構いません。そのうえで信頼できる第三者や行政機関に相談し、情報を確認して行動を決めましょう。境界線を意識することで、再び心の安全を取り戻せます。

Q4:過去のトラウマを思い出して苦しくなるとき、どう対処すればいいですか?

A4:呼吸法やグラウンディング(体に意識を戻す方法)が有効です。「足の裏を床に感じる」「今ここにいる」と意識するだけでも落ち着きます。信頼できる人や専門家に相談することも大切です。

Q5:自分の経験を周囲に話すべきか迷っています。打ち明けるべきですか?

A5:無理に話す必要はありません。信頼できる人や安心できる場所を選び、自分が話したいときに少しずつで大丈夫です。書くことで整理する方法も有効です。

苦しみを希望に変える具体的方法

1. 心の声に耳を傾ける

自分の感情を認めることは回復への第一歩です。

2. 信頼できる居場所を持つ

友人やSNSコミュニティなど、安全な居場所を確保することが重要です。

3. 小さな成功体験を積み重ねる

毎日の生活で簡単な目標を達成することで、自己肯定感や回復力が高まります。

4. 傷を経験した自分を否定しない

トラウマや過去の痛みのせいで自分の価値を下げる必要はありません。それを経験してもなお、生きてきたあなたは、他の誰よりも強く優しい存在です。

心の傷を抱えて生きる

苦しみや絶望の中でも、必ず希望の光は差し込みます。

まずは「自分の心を守ること」を最優先にしてください。無理に笑ったり前向きになろうとせず、休むこと、泣くこと、助けを求めることも回復への一歩です。

少しずつ回復していく過程で、「同じように悩んでいる人もいる」と気づける瞬間が訪れます。この実感は、孤独感を軽くし、次の一歩を踏み出す力になります。

まとめ ― あなたも光を見つけられる

  • 「傷は光が差し込む場所である」 ― 傷を抱えながらも少しずつ前に進むことで心に希望の光が差し込むことを意味します。
  • 苦しみを抱えたままでも、生きる道はある
  • 自分の感情に向き合い、信頼できる居場所を持つ
  • 小さな成功体験を積み重ね、傷を経験した自分を否定しない

私もあなたと同じように悩み、傷ついてきました。すぐに乗り越えられたわけではありませんが、生き続けてきたからこそ、今こうして生きる希望を手渡せています。あなたの歩みは、たとえゆっくりでも確実に未来へ続いています。どうか自分を責めず、その一歩を大切にしてください。

もし一人で抱えるのが苦しいときは、ここで立ち止まってみても大丈夫です。安心できる場所で、あなたの気持ちを言葉にしてみませんか。


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